子育ては、喜びに満ちている反面、時に深い孤独や不安をもたらすものです。とりわけ、子どもが不登校になったとき、親はどれほど大きな戸惑いと焦りを抱えることでしょうか。「うちの子、このままでいいのだろうか」「自分の育て方が間違っていたのかな」——そんな自責の念が、夜な夜な頭をよぎることもあると思います。
私自身、長女が不登校になったとき、まさにそのような苦しい時期を経験しました。今回は、その体験をできるだけ正直にお伝えしながら、不登校の悩みを抱えるすべての親御さんへ、少しでも心の支えになれればと思い、この文章を書きました。
不登校の始まり——子育ての辛さが一気に押し寄せた
長女が学校に行けなくなったのは、小学生の頃のことです。最初は「少し疲れているだけ」と思っていました。でも、一日が二日になり、一週間が一ヶ月になっていくうちに、私の中の不安はどんどん膨らんでいきました。「このまま引きこもりになってしまうのではないか」「将来どうなるんだろう」——頭の中はいつもそんな考えでいっぱいでした。
不登校の悩みというのは、表に出しにくいものです。周囲の目が気になって、誰にも相談できない。「うちの子だけ?」「私の育て方が悪かったの?」そんな思いが、さらに孤立感を深めていきました。子育ての辛さが、こんなにも重くのしかかってくるとは、正直想像していませんでした。
子どもの昼夜逆転——崩れていく生活リズムを前に
不登校が続くにつれて、長女の生活リズムはみるみる崩れていきました。昼間はほとんど眠り続け、夜中になると起き出してスマートフォンを見たり、ゲームをしたりする。子どもの昼夜逆転は、最初はじわじわと進み、気がついたときには完全に昼と夜が逆になっていました。
朝、誰もいない茶の間でひとり朝食をとりながら、「今日も長女は眠っている」と思うと、胸が締め付けられるような気持ちになりました。夕飯の時間になっても起きてこない。声をかけると「うるさい」と怒鳴られる。「どうしたらいいんだろう」と、答えのない問いを繰り返す毎日。
昼夜逆転の生活は、本人にとっても辛いものです。体内時計が狂い、心身ともにバランスを崩しやすくなります。でも、親の目からすると、それが「怠けている」「やる気がない」に見えてしまい、つい叱責したり、変えさせようと無理に起こしたりしてしまうこともありました。今思えば、それがさらに状況を悪化させていたのだと思います。
不安から逃げるために——「見ないふり」という回避
長女の様子を見ていると、不安で胸がいっぱいになりました。その不安から逃れるために、私がとった行動は「見ないようにすること」でした。長女が何時に起きたか、何を食べたか、夜何をしていたか——できるだけ目に入れないようにしていました。
「見なければ、考えなくていい。考えなければ、不安を感じなくていい」。そんな心理でした。でも、これは回避でしかなかった。問題が消えるわけでもなく、長女との距離はじわじわと広がっていくばかり。会話もほとんどなく、ただ同じ家の中で、それぞれが孤独に過ごしていたように思います。
子育てで辛いのは、「何もできない自分」を突きつけられる瞬間です。アドバイスも、励ましも、叱責も、どれも通じない。そのとき感じる無力感は、経験した人にしかわからない深さがあると思います。私もその渦中にいたとき、何度「もう限界だ」と思ったことか知れません。
親子は鏡——気づいた大切なこと
ある日、ふとこんな言葉が心に浮かびました。「親子は鏡のような存在だ」。親が子どもを拒絶すると、子どもも親を拒絶する。親が距離を置くと、子どもも心を閉ざす。逆に、親が心を開くと、子どもも少しずつ心を開いてくれる——。
私が長女を「見ないようにしていた」のは、長女の行動が怖かったからではなく、自分の不安と向き合うのが怖かったからだと気づきました。長女の現状は、私自身の内側にある恐れや不安を映し出す鏡だったのです。
この気づきは、私の中で何かを変えるきっかけになりました。「逃げていてはいけない。ちゃんと向き合わなければ」。そう思ったとき、初めて自分の気持ちを正直に伝えようという気持ちが生まれました。
素直な言葉を伝えた日——不登校で悩んだ体験の転機
ある夜、長女が珍しくリビングにいたとき、私は意を決して話しかけました。怒るためでも、説得するためでもなく、ただ自分の気持ちを正直に伝えるために。
「あなたが学校に行けなくなってから、ずっと不安だった。どうしたらいいかわからなくて、正直、怖かった。そしてそれが嫌で、あなたのことを見ないようにしていた。それはごめんなさい。あなたのことが心配だし、あなたのことが大切なんだ」。
言葉を口にしながら、自分でも涙が出てきました。長女は最初、黙って聞いていましたが、やがてぽつりぽつりと話し始めました。「私も、どうしたらいいかわからなかった」「学校のこと、怖かった」「お母さんが避けてるのがわかって、余計しんどかった」——。
その夜の会話は、長くはありませんでした。でも、何ヶ月もの沈黙を破る、大切な一歩でした。不登校で悩んだ体験の中で、あの夜のことは今でも鮮明に覚えています。
変化は少しずつ——焦らず、でも向き合い続ける
あの会話の後、長女がすぐに学校に行き始めたわけではありません。昼夜逆転もすぐには直りませんでした。でも、少しずつ、少しずつ、変化が現れ始めました。
まず、長女が自分から話しかけてくることが増えました。些細なことでも「ねえ、お母さん」と声をかけてくれるようになった。食事を一緒にとる日が増えた。夜中まで起きていることは変わらなかったけれど、朝少し早く起きられた日には「今日は早く起きたよ」と報告してくれるようになった。
そういう小さな変化を大切にすること——それが、不登校の悩みと向き合う上で、私が学んだ最も大切なことのひとつです。子育ての辛さの中にあっても、子どもは確かに成長しています。それが見えにくくなるのは、親の心が余裕を失っているときです。
素直な言葉を伝えることの難しさと大切さ
「素直な気持ちを伝える」——それは簡単なようで、とても難しいことです。特に、長年一緒に暮らしている家族に対しては、かえって言いにくい。恥ずかしさもあるし、「こんなこと言ったら引かれるかな」「余計に関係が悪くなるかな」という怖さもある。
でも、だからこそ価値があります。勇気を出して伝えた言葉は、相手の心に届きます。完璧な言葉でなくていい。うまく言えなくていい。「あなたのことが大切だから、今こんな気持ちでいる」というその一点だけでも、ちゃんと伝わるものです。
不登校の悩みを抱えていると、どうしても「解決策」を求めてしまいます。何をすれば学校に行けるようになるのか、どう接すれば昼夜逆転が直るのか。でも、その前に必要なのは「関係性の修復」かもしれません。言葉で心の距離を縮めること。それが、すべての出発点になると、私は体験を通じて感じました。
同じ悩みを抱えるあなたへ
不登校の悩みは、一人で抱えるには重すぎます。子育ての辛さは、誰もが通る道ではあっても、だからといって「我慢して当然」ではありません。あなたが苦しいと感じているなら、その気持ちはとても正直で、まっとうなものです。
子どもの昼夜逆転が続いても、学校に行けない日が続いても、それはあなたの失敗ではありません。子どもはただ、今その場所でしか生きられない理由があって、そこにいるのです。親ができることは、その子のそばに、心の距離を縮めながら、居続けることだと思います。
不登校で悩んだ体験は、私に多くのことを教えてくれました。完璧な親でなくていい。ただ、正直でいること。子どもに素直な気持ちを伝えること。それだけで、何かが変わり始める——そう信じています。
おわりに——勇気を出して、素直な気持ちを
大切な相手だからこそ、言葉が怖い。傷つけたくないから、黙ってしまう。でも、黙ることで広がる距離もあります。心の距離を縮めるのは、いつだって「言葉」です。
今日、もし少しだけ勇気があるなら、お子さんに声をかけてみてください。「最近どう?」でも、「ごめんね」でも、「ありがとう」でも。その一言が、きっと何かのきっかけになります。
不登校の悩みも、子育ての辛さも、一人で抱え込まなくていい。子どもと向き合いながら、自分自身とも向き合いながら、一歩ずつ進んでいきましょう。
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