あのとき、私は初めて気づきました。
当たり前にあると思っていた日常が、決して当たり前ではなかったということに。
東日本大震災のとき、私は山形で生活していました。幸いにも大きな被害はなかったものの、これまで通りの生活とはいかず、不便さを感じる日々が続いていました。ガソリンが思うように手に入らず、移動も制限される中で、当たり前だと思っていたことが、少しずつ揺らいでいきました。
そんな中、お世話になっていた方のご厚意で、職場の近くに泊まらせていただきながら仕事に通う日々を過ごしていました。その時間の中で、私はたくさんの支えに触れることになりました。誰かを思いやる気持ち、自然に手を差し伸べてくれる優しさ、人と人とのつながりの温かさ。それまで当たり前のように過ごしていた日常の中では、気づけていなかった大切なものが、そこにはありました。
そして同時に、もっとシンプルなことにも心が向くようになりました。ご飯が食べられること、安心して眠れる場所があること、そして今日もこうして生きていること。その一つひとつが、どれほど尊く、ありがたいことなのかを、改めて感じたのです。特別な何かがなくても、それだけで十分だと思える感覚が、心の中に広がっていきました。
それまでの私は、どこかで「まだ足りない」「もっとこうなれば」と、ないものにばかり目を向けていたように思います。満たされているはずなのに、どこか満たされない。そんな感覚を抱えていました。でも、本当はすでにたくさんのものを持っていたのだと、あのとき初めて気づいたのです。
今でもふとした瞬間に、「ないもの」に意識が向いてしまうことはあります。でも、そんなときこそ立ち止まり、「すでにあるもの」に目を向けるようにしています。大きなことではなくていい。ほんの小さなことでいいのです。
今日、温かいご飯を食べられたこと。
安心して眠れる場所があること。
誰かと笑い合えたこと。
その一つひとつに気づくたびに、心は少しずつ満たされていきます。
もし今、何か足りないと感じているとしたら。
ほんの少しだけ立ち止まってみてください。
そして今日ひとつでいいので、あなたがすでに持っている幸せに、そっと目を向けてみてください。
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