その瞬間、私は動けなかった。
自転車ごと倒れて
動けなくなっている方がいて
「助けなきゃ」と思ったのに
私は反対の歩道にいて
見ていることしかできませんでした。
どうしたらいいのか分からず
一瞬、立ち止まってしまったんです。
「声をかけたほうがいいのかな」
「でも急に行ったら迷惑かな」
「誰かが助けるかもしれない」
そんな考えが頭の中を巡って
結局、体が動かなかった
それに加えて
私は横断歩道の反対側にいて
すぐに渡れる状況ではありませんでした
歩道もなく
車が行き交う中を渡ることに
少し怖さもありました
「今、無理に渡っていいのかな」
「かえって危なくならないかな」
そんな迷いも重なって
一歩を踏み出せませんでした
その時でした
車の助手席から降りてきた
一人の男性が迷うことなく
その方の元へ向かっていったのです
しゃがんで声をかけて
さっと手を差し伸べる姿
その自然な行動に、胸がじんわり温かくなりました。
同時に、少しだけ自分の中に残る引っかかりも感じていました
「私は、どうして動けなかったんだろう」
きっと、優しさがなかったわけではない
助けたい気持ちは、確かにあった
でも、不安や怖さ、そして状況的な難しさが重なったとき
人は簡単には動けなくなる
そんな自分の一面にも、気づかされました
私たちは日常の中で
同じような場面に何度も出会っています。
困っている人を見かけた時
誰かが悲しんでいる時
大切な人が苦しんでいる時
「何かしたい」と思っても
動けなくなること、ありませんか?
でもあの男性は、特別なことをしていたわけではなくて
ただ
「その時、自分にできること」を、迷わず選んでいただけなんですよね。
悲しいニュースも多い世の中だけれど、こうして誰かのために動ける人がいる。
それだけで、少し救われた気がしました。
そして同時に思ったんです。
完璧じゃなくてもいい
正しい答えじゃなくてもいい
その時の自分にできる形で
一歩踏み出せたら、それでいい。
たとえば
声をかけるだけでもいい
近くの人に伝えるだけでもいい
見守ることだって、ひとつの関わり方。
大切なのは
「できたかどうか」ではなくて「どう在りたいか」
もしまた同じ場面に出会ったら、私はどうするだろう
きっと今の私は
あの時より少しだけ
違う選択ができる気がしています。
なぜなら、あの経験が気づきをくれたから
人はすぐに変われなくても
気づいた瞬間から
少しずつ変わっていける。
あなたなら
どんな行動を選びますか?
その選択はきっと
これから大切にしていきたい
あなたの「在り方」につながっていきます。
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